「傷の声 絡まった糸をほどこうとした人の物語」を読んで

医学日常

今回は「傷の声 絡まった糸をほどこうとした人の物語」を読んだ感想を書いていこうと思います。

こちらを手に取ったきっかけは、現在通う東大SPHの学友に勧められたからです。

というのも、作者は元東大生なのです。

しかも卒業したばかりで、学部時代の同級生が自分と同じ授業を受けているくらいです。

ではただ身近な著者だから読んだかというと、そうではありません。

全く意味合いが違います。

冒頭でご主人が書かれている前書きが全てを物語っています。

「どうか安全な環境下で読んでください。」

「生きてください。」

一気に周りの空気の温度が変わります。

このあまりに悲痛なフレーズが意味するところはなんでしょうか。

実は著者の齋藤塔子さんは、この本の出版を待たずして自殺されています。

これは心の傷と戦い続けた彼女の綴る最期の声なのです。

まさか東大生が卒後すぐに本を書き、そして出版を待たずに自殺してしまうなんてことが起こるとは思えませんでした。

そんな事もあり引き込まれるように本を買いました。

読んでみると彼女の壮絶な幼少期から、社会人時代、そして家族と向き合う様子が赤裸々に書かれています。

自分は救急医なのでしばしば精神疾患の方に救急外来で出会います。

救急外来は社会のインフラなので、色々な背景を抱えた方が昼夜を問わずやってきます。

そして正直なところ、医療者の中には彼らを好ましく思わない人もいます。

非常に残念ですが、面倒に感じている様子が態度に出てしまったり、ひどいとはっきりそれを伝えてしまったりする医療者がいます。

これは医師だけでなくコメディカルにもみられます。

自分も経験が浅い頃には陰性感情を抱いたことも、正直ありました。

「なんでこんな忙しいのに、リストカットして運ばれてくるのか」

「薬物過量内服、どうして繰り返すんだろう」

そんなことを感じたことがある医療者は少なくないはずです。

そんな人たちこそこの本を手に取って欲しいと思います。

今までみていた精神疾患の方たちの見方が全く変わります。

これは彼らにとって「自分を保つための治療行為」なのです。

壮絶なリストカットの実際のシーンをよむと、リアルに伝わってきます。

特に塔子さんは学業に打ち込めるとは言い難い過酷な環境ながらも、東大に現役合格されている聡明な方です。

その方の書く文章は本当に力があります。

皮肉なことに医療に興味を持ってしまった彼女は看護学部へ進み、看護師として抑制行為に加担する経験をしてしまう一節があります。

自分が無慈悲に抑制された時にはあれだけの感情を抱いたのに、手を汚す側に回ってしまった。

この絶望は途方も無いものでしょう。

彼女の同僚たちが心的負荷に気付いていなかったというのも闇の深さを感じます。

そうです。

本当に苦しんでいる人は意外と近くにいて、必死に息を殺して生きているのです。

特に刺さったというか辛かったのが「無意味な医師との約束」です。

医師の教えに「自殺しないことを約束させる」という何の根拠もないお作法があります。

帰宅してからもそれを思い出して踏みとどまってもらうというものです。

聞こえは良いですし自己満足に浸れますが、実際は無意味ですよね。

出会ったばかりの人間に踏み込まれて、壮絶な経緯から自殺や自傷を考えている人の気持ちに寄り添えるわけがありません。

残念ですが、いのちの電話のような一回きりの電話相談は自殺予防に効果がないことも世界的に知見があります。

必要なことは継続的なケアであり、塔子さんも明らかにそちらで心が落ち着いているような印象でした。

冒頭のあまりに生々しく荒々しい感情の乱れを感じ、そこから目を背けたくなるような幼少期の記録をみて言葉がありませんでした。

そして彼女は自分の家族と向き合い、過去の清算をしていきます。

ですが経緯は書かれていませんでしたが、出版を待たずして彼女は亡くなりました。

本当に残念でなりません。

彼女こそが精神疾患患者の気持ちを本当に分かってあげられる可能性のある医療者だったのに。

ですが彼女が心を開いていた一部の医療者のような人たちがいることに安心しました。

自分もこの本を通じて教えてもらったことを胸に、自分なりに患者との向き合い方を考えていこうと思います。

東大SPHに来てから人生観が変わることばかりです。

おすすめの書籍ですので皆様にも読んでいただきたいです。

・・・が、不安定な方は1人で読まれるのはやめた方が良いかと思います。

自分の安全を担保した上で手に取ることを忘れないでください。

本日はこの辺で、ではでは。

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