違法薬物使用者をたまたま見つけた時、通報は義務?しなくても良い?

医学日常

今回は救急現場でたまに遭遇する「違法薬物の使用者」への対処についてです。

救急外来は社会のセーフティーネットでもあり、色々な社会背景の方が受診します。

そのため違法薬物の使用者に出会うことも珍しくありません。

ですが、どのように対応すればよいのかをはっきりと書いた本は無いです。

その理由も併せて、架空の症例ベースで解説していきたいと思います。

架空の症例から考える

ではまずイメージしやすくするために、架空の症例を作ってみようと思います。

いきなり悩ましい症例ですね。。。

なんだか通報するのは気持ち的には後ろ髪を引かれますが、どうしましょうか。

次はなんだか陽気なお兄さんです。

こうやって余計な事を喋ってしまう大人っていますよね。

ですが大麻と言われてしまうと、さすがに反応してしまいます。

先ほどの症例よりは、なんだかお巡りさんの顔がチラつく気がしませんか?

最後はかなーり怪しい症例です。

風邪薬を使っていると尿中薬物検査でアンフェタミンが偽陽性になることは有名です。

ですがそれでは面白く無いので、今回は風邪薬を使っていないという設定にしています。

3つ目が一番怪しい雰囲気が出ています、さあどうしましょうか。

法的根拠の整理:鍵は「麻薬中毒者」の診断

これらについて考えていく上で、まずは違法薬物の解像度を上げる必要があります。

どれも大事ですが、通報義務という観点では「麻薬」かつ「中毒者」であるかどうかで考えてください。

ここで根拠となるのが「麻薬及び向精神薬取締法」です。

この法に従って届出義務が発生するのは「医師が患者を麻薬中毒者と判断した場合」です。

ここで重要な点は以下の通りです。

・単に「麻薬」を所持しているだけでは該当しない。

→ポイントは「中毒」であるかどうかです。

・ここでの「麻薬」とは、大麻やあへんといった薬物も含まれる。

法律の「麻薬」が医学的な麻薬とは少し違うことがややこしさを生みます。

・覚せい剤については対象外となる。

→ここがまたややこしく、覚せい剤は別の根拠法(覚せい剤取締法)の管轄です。

・麻薬中毒者の基準は厚生労働省の通知(昭和41年)もあるが、古くて内容も曖昧。

→基準は「麻薬中毒とは、麻薬に対する精神的身体的欲求を生じ、これらを自ら抑制することが困難な状態、即ち麻薬に対する精神的身体的依存の状態をいい、必ずしも自覚的または他覚的な禁断症状が認められることを要するものではない。」です。これは実用には厳しい。。。

・報告先は警察ではなく都道府県知事になる。

→なぜか警察というイメージが一人歩きしていますが、実は都道府県知事です。

ですので架空症例はいずれも「麻薬中毒」では無さそうなので、実は通報義務に該当する可能性は低そうです。

ですが難しいのが「どうやって中毒と判断するか」ですね。

この解釈次第で、かなり幅が出ると思います。

守秘義務との葛藤:どちらが優先されるのか?

ここで仮に通報を迷ったとして、手が止まる理由はなんでしょうか。

そうです、「守秘義務」があるからです。

守秘義務の法的根拠は刑法第134条に規定される「秘密漏示罪」です 。

この条文は、医師、薬剤師、弁護士など、人の秘密を取り扱う特定の専門職に対し、その業務上知り得た秘密を正当な理由なく漏洩することを禁じています。

守秘義務は刑法に引っかかるので極めて極めて重大です。

これは倫理的な側面だけでなく、医療提供の根幹を為す信頼関係の基盤です。

この約束があるから患者は全てを話し、医療者は適切な診断及び治療へ繋げることが出来るのです。

つまり患者の個人情報を第三者に伝えるには「正当な理由」が必要です。

ここで皆様が疑問に思っているジレンマが発生します。

麻薬中毒者の届出と守秘義務はどちらが優先されるのでしょうか。

結論から言ってしまうと、基本的には「守秘義務が優先」です。

それは抵触する法律が守秘義務の場合は刑法であり、極めて扱いが重いためです。

ですので自分は原則届出はしませんが、悩ましい症例もありますよね。

その場合、医師はどう振る舞えばよいのでしょうか。

最高裁判所判例から学ぶ:通報は「義務」ではなく「許容」

この領域で最も有名な判例は平成17年7月19日決定の最高裁による事案分析かと思います。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

この事案は国立病院の医師が、救急搬送された患者の治療目的で行った尿検査で覚せい剤反応を検出し、その旨を警察に通報したことが発端となりました。

被告人側はこの通報が医師の守秘義務に違反する違法なものであり、それに基づいて得られた証拠は無効であると主張しました。

これに対し最高裁判所は、「医師が必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に、これを捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものであって医師の守秘義務に違反しない」と判示しました。

この判断により治療目的の過程で発覚した違法薬物使用の事実を警察に通報する行為が、守秘義務違反の罪は成立しないという法的解釈が確立されたのです 。

この最高裁決定を解釈する上で最も重要なのは、その言葉遣いです。

裁判所は、通報が「許容される」あるいは「適法である」と述べたのであり、「義務である」とか「通報しなければならない」とは一言も述べていません

この判断は、通報という選択をした医師を法的に保護するだけあり、すべての医師に通報を強制するものでは断じてありません。

この判例がもたらした帰結は、医師に対する専門的裁量権の承認です。

つまり覚せい剤などの薬物事犯に遭遇した医師は、犯罪を捜査機関に知らせるという公共の利益と、患者との信頼関係を維持し治療を継続するという医療上の利益とを天秤にかけ、自らの専門的判断に基づいて行動することが法的に認められたのです。

したがって、治療を優先し通報しないという選択もまたこの裁量の範囲内にある正当な判断であり、それ自体が法的に非難されることはありません。

公務員なら状況は変わるか?

ここで聞かれるのが公務員扱いの医師なら変わるのでは?ということです。

確かに国立病院や都道府県立病院などに勤務する医師は公務員であり、刑事訴訟法第239条第2項により、「その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」という、一般国民にはない告発義務を負っています。

しかし、この告発義務もまた、絶対的なものではありません。

医師の本来の職務は犯罪を捜査することではなく、医療を提供することです。

特に薬物依存症のように再発を繰り返すことが病状の一部である疾患において、再使用のたびに通報することは患者を医療から遠ざけ治療機会を永遠に失わせる結果につながりかねません。

したがって、公務員である医師であってもその専門的裁量に基づき、患者の治療という本来の職務を優先し、告発を差し控えることは許容されると考えられています。

前述の最高裁決定の事案が、まさに公務員である医師による通報であったこと、そしてその判断が「許容される」とされたことは、公務員医師にも同様の裁量が認められていることを裏付けています。

最も重要なこと:医師としてどうあるべきか

さてそもそも論ですが、なぜ通報しなければいけないのでしょうか。

これは都道府県知事に通告することからも分かるように、公衆衛生上の介入を目的としています。

ですので罰則を与えることが目的では無いのです。

また依存症の患者にとって必要なものは何でしょうか。

大騒ぎして通告し罰則を与えることが医療者として正しい姿でしょうか。

もちろん周囲に害を及ぼしているなら仕方ないですが、そうでなければ治療すべき患者でしかありません。

きちんとプロの精神科へ繋ぐことが重要なはずで、医師の本分を忘れないようにしなければいけませんね。

もちろん判例の通り、通告したとしても医師が罰せられる可能性は低いはずですので、最終的には個人の判断となりますが。

それとこのような悩ましい症例は、きちんとカルテ記載を行うことが大切です。

客観的に何をどれくらいを保持していたのか、病歴や身体所見からなぜ中毒患者では無いと判断したのかといった内容を詳細に書くべきですね。

まとめ

守秘義務が基本は最優先です。

唯一明確に守秘義務を上回るのは「麻薬中毒者」と診断される場合です。

ただその診断は曖昧であり、医療者により変わるでしょう。

一方で仮に覚せい剤であったとしても、医療者が通告した判例は守秘義務違反とはされていません。

これはあくまで「義務がある」わけではなく、「通告も許容される」という医師のセーフティーマージンを担保するものと考えます。

なお標準精神医学では「麻薬中毒者の診断は相当慎重に行うべきであり、薬物依存症に詳しい精神科医が縦断的な情報をもとに行う」とあります。

「薬物依存症に詳しい精神科医」という表現に何か深い意図を感じますが、、、笑

少なくとも非専門医が診断および通告するタイミングは無いように感じます。

ぜひ、明日からの診療に役立ててみてください!

参考文献

・標準精神医学

依存症の大家である松本先生が書かれており、非常にまとまっております!

Youtubeでの激白と合わせてどうぞ。

・急性中毒診療 実践ルール16

中毒の第一人者である国際医療福祉大学の千葉先生の一冊です。

コラム程度ですが記載ありますので、こちらもよければご覧ください。

そもそもこの本自体が救急領域の中毒において一番の本なので、ぜひお手に取る事をお勧めします。

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