今回は若手に毎回聞かれて答えるのが大変な破傷風予防について記事にしようと思います。
このテーマにした理由は昨今の破傷風トキソイド(以下、破トキ)供給不足を受けて、「そもそも正しい適応って何?」に答えられる人が周りにあまりに少ないことに驚いたためです。
このようなアナウンスがあったことは記憶に新しいかと思います。

挙げ句の果てには「破トキが無いので、破傷風グロブリン製剤(以下、グロブリン)の需要が増えています」というアナウンスが学会より発表されました。

これを聞いてどう思いますか?
自分は「なぜ?」と感じました。
なぜなら全く別の目的で使う薬剤だからです。
こちらについては、最後にコメントをしようと思います。
では破傷風予防についてマスター出来るよう情報たっぷりにしましたので、お楽しみください。
破傷風予防クイズ
まずは導入として以下のパターンでの正しい予防介入を考えてください。

解答解説は最後に提示します。
破傷風の臨床像および疫学
全身型の破傷風の場合、第1-4期と表現される過程で症状が改善していきます。

ポイントとしては、第1期から第3期までが48時間以内と経過が早い場合には予後が不良ということです。
また意識障害はなく「頭ははっきりしている状態」になるので、非常に患者本人は辛い想いをすることも注意点になります。
自分も医師人生で3人しか重症例の経験はありませんが、治療の上で特に困るのは過度の筋収縮による痙攣や自律神経症状です。
特に自律神経症状は激烈で、凄まじい血圧の乱高下をきたします。
治療は抗菌薬投与と毒素の中和、残っているなら創部のソースコントロールとなります。
破傷風は5類疾患であり、全数把握されています。
国立感染症研究所のデータでは以下の発生数です。

年間で100人ちょいなので、意外とまだいますね。
今回の破トキ供給不足のことを無しにしても、予防で防げる疾患ですしきちんと把握しておかなければなりません。
破傷風トキソイド、破傷風免疫グロブリンの効果や予防接種の仕組み
ここが破傷風予防をややこしくする最大のポイントかと思います。
重要な点を列挙していきます。
①定期接種化
実は破傷風の予防接種は1968年以前は定期接種に含まれていませんでした。
そのためこれより前の出生の方は、そもそも予防がされていない可能性があります。
以降は定期接種になり、現在は4種混合ワクチンとして利用されています。
現行の制度では11-12歳が最終接種になります。
②破傷風トキソイドの効果と打ち方
ここが超ややこしいのですが、効果自体は10年持続します。
破トキは能動免疫で、どちらかといえば予防という位置付けになります。
しかし高齢者などで定期接種でなかったため基礎免疫が無い場合には、子供の頃の分を取り返すために繰り返し接種する必要があります。
その場合には3回接種が必要になり、おおむね自分は「受傷から1日(当日)、1ヶ月後、1年後くらいのペースで打ちに来てくださいね」と話してました。
初回は受傷日に打つので、実質2回来てもらうことになります。
覚えやすいように全部1を使って説明すると、意外ときちんと覚えてきてくれる人もいて嬉しかったです。
③破傷風免疫グロブリンの位置付け
一方でグロブリンは受動免疫になります。
抗体価を速やかに上昇させるので、予防というよりは治療目的での投与です。
これが冒頭の答えの一つ目で、
破傷風トキソイド→能動免疫(発症予防)
破傷風免疫グロブリン→受動免疫(治療)
と意味合いが全く違います。
ですので、破トキの供給不足でグロブリンの需要が増えるっておかしいんですよね。
もしかすると破トキのおかげで医療者が破傷風を気にするようになり、投与が増えたのかもしれません。
でもそれって本来の標準治療だから起きてはいけないことですね。
実際のところは、破トキと違いが分かっておらず代用になると思って投与している医師が多いのだと思います。。。
学会としては違和感を踏まえて、「代用にならない」という内容も含めて啓蒙して欲しかったところです。
創に応じての適応
ここでもう一つ大事な軸、創の程度についてお話します。
破傷風という軸では創を「Clean and minor wound」と「All other wounds」に分けて考えます。
つまり「小さくて綺麗な傷」と「それ以外」です。
そして前者についてはリスク低いので予防のみ、後者についてはリスク高いので治療も必要になります。
お気付きの方もいるかもしれませんが、言い換えると「前者は破傷風トキソイド、後者は破傷風トキソイド+免疫グロブリン」になるのです。
・・・そうです、実は怪我した時点で破トキは必須です。

なので打つかどうか迷うっていうのが、間違ってるわけですね。
実際にどう考えるか
ここまでをまとめておくと①基礎免疫があるか②傷の程度はどうか、の2軸で判定をします。
①基礎免疫の判断

こちらがまとめた図です。
ポイントは22歳未満については、きちんと予防接種受けていれば破トキの効果は不要であることです。
なのでこの年代がClean and minor woundで来た時には、その場で何かする必要はありません。
また高齢者が分かりにくいですね。
2025年現在だと、1968年生まれの方は57歳になります。
57歳以上(1968年以前の出生)の方の場合には、定期接種相当の基礎免疫付加が必要になります。
なかなか覚えにくいので、自分は5年後の1973年でゴロにしています。
ゴロとしては1973→「行くな3回」、です笑
要は1973年付近の人は、3回の追加接種が不要になるぞ〜って意味ですね。
ぜひ参考にしてみてください!
②傷の程度
上記の判断での破トキ接種ですが、どの程度の傷から実際に行うべきでしょう。
「小さい傷でも入るリスクはあるので行え」、とありますが、自分は「処置が必要なもの」と決めています。
例えば縫合とか、こちらで処置する程度の大きさであれば破傷風予防を入れるようにしています。
グロブリンまで行くかどうかの判断は非常に難しいですね、こちらは個別に判断しかないと思います。
迷ってる時点で投与、となりそうですが。
クイズの解答解説
まず問題の再掲です。

そして以下が解答解説になります。
①-A)g.その他(母子手帳の確認)
破トキをこの年代で打つ事はあり得ません。
やるなら四種混合打った方が良いからです。
なので、母子手帳確認して接種を確認します。
ちなみに接種の途中での受傷も聞かれますが、その場合に追加接種も不要です。
ここで懸念がある傷に必要なものはグロブリンのはずです。
①-B)a.何もしない
定期接種してれば大丈夫。
①-C)b.破トキ1回
綺麗な切り傷なら破トキ1回のみで終了。
①-D)c.破トキ3回
綺麗な切り傷なら破トキのみ。
ただ年齢的に、接種歴なければ3回必要。
②)d.グロブリン/e.破トキ1回+グロブリン
これは逆に破トキがいらないパターンです。
おそらくきちんとこの判断ができる人はほとんどいないと思います。
ただハイリスクなので抗体価が落ちている可能性を危惧して、追加接種することもあるようです。
その場合は5年以上の経過が目安になるので、今回の20歳は追加接種も妥当そうですね。
②)e.破トキ1回+グロブリン
汚いのでグロブリンまで。
③)f.破トキ3回+グロブリン
DDBは綺麗とは言えないのでグロブリンまでいきます。
年齢的には破トキも3回コースです。
④)d.グロブリン/e.破トキ1回+グロブリン/f.破傷風トキソイド3回+破傷風免疫グロブリン製剤
受診歴があるので、その時の経過次第ですね。
きちんと3回接種を終えているならグロブリンのみでも大丈夫です。
ただ懸念があるなら破トキの追加接種も許容されます。
そして残念ながら前回が未接種なら、ここから3回破トキコースに乗せるしかないです。
供給不足の今、どう振る舞うべきか
そして冒頭の問題提起に戻りますが、多くのケースで破トキが必要になることは分かりました。
でも今は手に入りません。
その場合に医療者はどうすれば良いでしょうか。
自分も先日バイトに行った施設で、「残り13本」と言われてしまいました。。。
この場合には標準的な診療は不可能と考えます。
なので患者にその都度本来必要な接種ができていないことを説明するしかないと思います。
ですので
・破傷風リスクがあること
・供給が安定したタイミングからでも良いので後日接種すべきこと
・追加接種目的の方は待ってもらうこと
などを案内するべきではないでしょうか。
実際供給不足に際してどのようにアクションすべきかまで、学会は提言して欲しかったですね。
自分の過去所属病院がきちんとホームページであげており、とても誇らしく感じました。
さて今回は供給不足をきっかけに、破傷風予防について知りうる知識をまとめてみました。
ぜひ皆様の診療にお役立てください。
本日はこの辺で、ではでは。
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